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これで「さ迷える20代」は一応の完結をむかえ、これから「試行錯誤の30代」へと展開していきますが、連載はここで一旦終了させていただくことにしました。
まだ全て書き終わっていない事もありますが、一からリアルタイムで書き直したいという構想もありまして現在鋭意検討中であります。。。

ご意見ご感想をいただければ幸いです・・・m(_ _)m
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2010.10.29 Fri l 自伝「四十不惑」 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「いったいお前は何がしたいのや?」
(分からない・・けど自分で何かをしてみたい・・・)
「独立?」
(かもしれない・・組織に属して企業の駒になるのはもう嫌や!)
「でもお前に何ができる?」
(う~ん・・・)
「お前法学部やったんちゃうの?」
(そう言えば入学当時は弁護士になる言うてたな~)
「何かの士業目指せや!」
(でもノウハウがないぞ・・・)
「なら簡単や!どこかの事務所に勤めてノウハウ盗んで独立や!!」

おぼろげながら未来への方向性が見えてきた。
もうそれしか自分の夢を叶える手段がないような気がしてきた。
でも無資格者で雇ってくれる事務所があるかどうかが問題だろう。
そう、私の30代の旅はまだまだ始まったばかりだった・・・・・
2010.10.28 Thu l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 出来れば今度は次の職場を見つけてから退職したかったので、私は先ずインターネットのリクルートナビキャリアNEXTに登録した。登録するやいなや続々とスカウトメールが届くようになったが、やはり過去の職歴をうたっているのでほとんどが住宅業界だった。ごく稀にこんな大手が?というところもあったが、自分の意見の通らない大企業はもうこりごりだ。私は日々の業務の合間をぬって就職相談会や企業説明会を聞きに行ったりした(ごめんなさい)。でも自分の希望にあった職場はなかなかないものだ。もう失敗は許されない。いっそのこと公務員でも目指そうかとも思ったが、今よりもっと安定して面白くなくなりそうだ。
2010.10.27 Wed l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
プロフィールの画像が変わったのに気付かれた方はいらっしゃるかな? ^ ^

気になった方はコチラ!へどうぞ~

最近、為替相場があまり動かないので残高報告をする気がおきません ^ ^ ;


 ブログ為替レート
2010.10.26 Tue l 徒然 l コメント (0) l top
 そうこうしているうちに私はとうとう大台の三十歳の誕生日を迎えた。面白くない人生だった。ふと、「これでいいのか?」と疑問を感じる日が多くなってきた。「このまま定年を迎えて細々と老後を過ごすことになるのか?こんな形で三十歳になるとはやっぱり俺は平凡人間なんやなぁ~」そう考えると住宅営業として走り回っていた時代が懐かしく思えてきた。「あの頃は走ってたよなぁ~結局俺は安定をとってしまったのか。男としてこの世に生まれたのに何の生きがいもない。何の為に俺は生まれてきたんやろ?」悩み続けた上での結論。それが、再転職だった・・・
 不満がないのに転職するほど勇気がいることはない。不満がないのが不満とはなんとも贅沢な悩みだろう。でも他人がどう思おうと、安定よりお金より「生きている証」を私は手に入れたかった。がむしゃらに走り続ける男で在りたかった。
2010.10.26 Tue l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 一から十まで営業マンがしなければならない住宅営業と比較すると何と楽なことか。言葉は悪いかもしれないが、営業の役割は新規開拓を求められるわけでもなく、来る日も来る日も決まったところに行って仕事をもらってきては派遣の子にやらせるだけ。修羅場をくぐってきた私にとってはかなり拍子抜けだった。こんな営業あり?と思った。実際この職場での経験で特筆すべきことはほとんどない。特に数字に追われることもなく普通にやっていれば評価された。逆に新しい事にチャレンジしようとするとストップをかけられてしまう。保守的な会社だった。ただし従業員80名ほどの会社だったにもかかわらず、システムは最新設備を完備していた。最新型のパソコンを導入したり、毎月一回CS(顧客満足)会議をしたり、人事考課についても講師を招いて研修したりと、かなり画期的で進んだ会社だった。会社全体の売上も利益も安定していて、給与面(賞与含む)も前職よりは下がったものの業務量からいって妥当な線だと思っていたし、とりたてて不満はなかった。努力しなくてもそこそこの暮らしができるのであればそれでいいかと考えるようになっていた。本当に人間というものはどうしてこうも楽な方に流されてしまうのだろうか?
2010.10.25 Mon l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 第二の会社ではルート営業が中心だった。得意先であるハウスメーカーに毎日顔をだしては主力商品であるヌック(床暖房)、カワック(浴室暖房換気乾燥機)、ガスヒーポン(マルチガスエアコン)を売り込んでくるというわけだ。とは言ってもハウスメーカーはあくまでサブユーザー。エンドユーザーはハウスメーカーのお客さんということになるので、エンドユーザーと直接打合せが難しい分とにかく設計変更が多かった。そのたびごとに図面を書き換え見積もりの出し直し。多い日には5件ほど見積もりを依頼されるケースもあり、またそれがすべて翌日までということにでもなれば徹夜になってしまう。というわけで、営業マンには派遣の女性スタッフがつくというシステムになっていた。私は即戦力として採用されたので、すぐにアシスタントの女性をつけてもらった(別に私専属ではないのだが事実上見積もり件数が一番多い私の専属みたいなものだった)。丁度、派遣の子も私の入社後すぐに入れ替わったので、いきなり私は中間管理職のような立場になった。
2010.10.22 Fri l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 中途採用試験とは新卒採用試験と全く別物と考えてください。ポイントは大きく分けて二点に絞られます。一つはこれまでの職歴において自分が何をしてきたかと退職理由。もう一つは志望動機で過去の職場経験をどう生かそうと思うのかをアピールできれば良いのです。まさに一発勝負です。いかに短時間で自分を売り込めるかにかかっています。覚えておいてください。
2010.10.21 Thu l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 受講終了の平成12年3月すでに私は二十九歳になっていた。20代最後の年だ。失業給付もこの月で終わってしまうので早急に仕事を探さねばならない。ようやく私は重い腰を上げ、就職情報誌を買って自宅から30分以内の会社に二社ほど履歴書を送ってみた。反応は思いのほか早かった。一社は即採用したいので面接に来てくださいとの事。もう一社も筆記試験の後最終面接をしますというのだ。私はキツネにつままれたみたいな感じだった。中途採用というのはこんなにも簡単なのか!?まだ会ってもいない人間をなぜ採用したいと言えるのか?そんなに大手企業の看板は偉大なのか?何かやりきれない気がした。けど、なんにしても有り難い話だ。前者の会社の面接で即内定となり、4月17日付けで私は〇〇ガス特約店に入社したのだった。
2010.10.20 Wed l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 学校に行き始めてみると大半が中高年齢の方々ばかりで20代は私を含めて二人しかいなかったのだが、反ってパソコンを初めてさわる人達にいろいろ教えることができ自分自身も大変勉強になった。彼等は特に資格をとろうとかいう考えはなかったようだが、私はあわよくばインストラクターの資格をとりたかったので積極的に彼等とコミュニケーションをとっていた。実際インストラクターの先生に聞いてみるとビジネスコンピューティング検定三級程度しかもってなかったので、最低それだけはとって卒業することを目標に頑張っていた。その検定試験の概要は、英文タイプ打ち10分間に700字以上、エクセル表計算とグラフ作成80点以上、一般常識80点以上という三項目すべての合格基準をみたすこと。真面目に学校に行っていればさしたる難しい試験ではない。結果、私はビジネスコンピューティング検定三級、ワープロ検定三級、一太郎検定二級を取得して卒業した。
2010.10.19 Tue l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 ちなみにこの時調べたことは将来において重要な意味をもってくるのだが、当時の私はまさかこの仕事に自分が携わることになろうとは夢にも思わなかった。
 我が国の法律は知らないと損なことが多く、雇用保険法も調べてみると意外と面白い。雇用対策臨時特例法第二条に訓練延長給付(45歳以上60歳未満の者の申し出に基づきハローワークの指定する公共職業訓練を受講する場合、当該受ける期間内所定給付日数を超えて基本手当を支給)なるものがあって、二十八歳の私でも枠が残っていれば受講できるというのだ。これは渡りに船だった。三宮校は一杯だったが姫路校に枠があった為、私は12月から三ヶ月間パソコンの講習を受講することになった。これで計六ヶ月間失業給付を受給しながら自己啓発できる。なんとも有り難い話だと思った。今でこそパソコンを使えるのは当たり前になっているかもしれないが、当時はブラインドタッチができて、エクセルを使いこなせる人は会社で事務職をしていない限りまだまだ少なかった。
2010.10.18 Mon l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 さて、これからどうすればいいのか?私は全てを失ってしまった。とりあえず収入源を確保しなければならない。幸い我が国には失業保険という有り難い制度があるので、少なくとも三ヶ月間は安泰だと思っていた。しかし、色々調べてみると自己都合退職の場合待期期間(給付制限)というのがあって、三ヶ月間は失業保険をもらえないということらしい。ここで普通の人なら諦めて一刻も早く次の職場を探すだろうが私は違う。即もらえる方法を調べた。四年半過酷な労働をしいられたのだ。雇用保険まで掛捨てでは納得がいかない。私は企業ブランドではなく「自分」という一人の人間としてのブランドをあげる時間を持ちたかった。つまり何か専門の学校に行って自分を磨こうと考えていたのである。その為の軍資金。この方法は現在つかえるかどうかは大いに疑問なので参考にされたい方はよく調べてからにして欲しいのだが、当時はいけた。あまり大きな声では言えないのだけど、労働基準法にのっとっていかに過酷な労働が違法性を帯びているかを職安(ハローワーク)に認めさせることができれば待期期間を待たずに失業保険を受給できるシステムになっていた。営業経験で培った持ち前のトークで私は即失業保険をもらえることになり、ゆっくりと第二の人生を考え直すことができたのである。
2010.10.15 Fri l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
明日からは皆さんお待ちかね?の「転職編」に突入です。
転職をお考えの方に少しでも勇気を与える事が出来れば筆者としてこれ以上の喜びはありません・・・
2010.10.14 Thu l 自伝「四十不惑」 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 誰しも初めての転職というのは思い悩むものですが、仕事が嫌だとか人間関係が嫌だという理由で退職するのはどうかと思います。はっきり言って転職して今より条件のいい会社に就けるケースの方が稀だと考えておくべきでしょう。まずは最初の会社でとことんやってみてください。決して無駄な時間にはならないはずです。そこから何かを学び将来のビジョンを確立すればいいのです。六十歳定年までの長い人生の中で冒険が許される20代という貴重な時間を修行の場ととらえてはいかがでしょうか?ものは考えようです。会社は勉強させてくれるだけでなくお金までくれるのです。こんな素晴らしい学校を利用しない手はないでしょう。
2010.10.13 Wed l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 彼等は私の職場での立場が悪くなるのをかなり心配してくれていたようだが、元々楽天家の私は、大丈夫大丈夫と安易に考えていた。しかし、神戸支店の上司にそのことを報告すると、狂ったかのように怒鳴り散らされた。「お前は親戚すら説得できない営業マンか!?もう一回行って説得して来い!」さすがにこの時ばかりはカチンときた。はなから私は説得などしていない。そっちの方がいいと思ったから薦めたのだ。「お客さんの為でなくても無理矢理売るのがこの人の考える営業マンなのか?」もう付いていけないと思った。こいつは会社に魂まで売っている。前の上司なら絶対こんな言い方はしなかった。「仕方ないな。気持ち切り替えて次早く探せ!」といつも言ってくれていた。腹は決まった。「もう辞めたる!その前に必ず契約を取って契約書と一緒に辞表を出す。それが男の意地!それが天才Ara-kiたるゆえんだ!!」
 7月末予定通り、私は契約書と同時に辞表を提出した。大企業との決別だった・・・・・
2010.10.12 Tue l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 そうして6月に入る頃、思いもかけない人からマイホームの相談を受けた。それは家内の妹夫婦からで、そろそろ二人目の子供が欲しいから今のうちに家を建てておきたいとの事。早速私は子会社の不動産部門に土地を探させることにした。そして何件か土地を紹介案内した後、手ごろな物件で設計見積りを出し、ほぼ契約というところまで漕ぎ着けた。ところが、やっと神戸支店初受注かと思った矢先、彼等の希望とぴったりの立地条件をそなえた建売チラシが新聞広告に折り込まれた。無名の不動産業者だったが、建売というのは土地建物セットなので注文住宅よりはるかに安い。立地条件さえ気に入れば、20代で購入するには予算的にもその方が絶対お得である。私は別に会社に魂を売った訳ではなかったので、その土地を一緒に見に行ってあげて、総合的な判断のもとその物件の方を薦めた。
2010.10.08 Fri l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 ところが、またしてもそこで試練を受けることになる。私は4月1日付けで神戸支店の三〇営業所に配属されたのだが、五年目の中堅にもかかわらず、上司や先輩方後輩達の風当たりは強かった。私には本社でそれなりの実績を残してきたという自負があったが、彼等は当然過去のことは知らない。手持ちのお客様を引き継いで来た私はゼロからのスタートとなるので、相当のハンデを背負っていたのだ。しかし結果が全てのこの世界。一ヶ月目は大目にみてくれたが、二ヶ月目に入って風当たりはさらにきつくなった。5月のゴールデンウイーク明けぐらいから駄目営業マンのレッテルを貼られ、日が変わるまで家に帰らせてもらえなかった。元々体育会系の職場だったが神戸支店はさらに本店の上をいっていた。睡眠時間が3時間を切る日が毎日続くと人間さすがに意識が朦朧としてくる。引っ越したばかりの家でのドタバタと過酷な労働。私は公私共に地獄の日々が続いた。
2010.10.07 Thu l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 マイホーム購入にあたって痛切に感じたのは大企業の社会的信用だった。若干二十八歳の私があっさりとローンの審査が通ったことが何よりの証拠だろう。確かに自分の勤めている会社の知名度というのは一つのステイタスであり自尊心をくすぐるものだ。自社のCMがテレビでながれていると嬉しくなったり自慢したくなったりするのも大企業に勤める者の特権みたいなものかもしれない。正直決意はぐらついた。会社を辞めた後自分に何が残る? 自分の存在価値は?
 困惑の中で会社組織に大変革があった。西梅田に自社ビルを建設したこの年4月に本社移転。それに伴い本社に営業を配置しないとのトップの方針で、我々は転勤を余儀なくされた。私も事業部長に呼ばれ、宮崎支店転勤を命ぜられた。いい機会と考えた私はクビを覚悟で事業部長に直談判してみた。組織とは転勤命令に背くとクビにされるか、良くても窓際族にされるものと思っていたのだが、事業部長は私の家の事情をくみいれてくれて、神戸支店に異動という形をとってくれた。非常に嬉しかった。事業部長の粋なはからいに感謝し私はもう一度一からやり直してみることを決めた。
2010.10.06 Wed l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 ちなみに一般的な大企業の定義は資本金3億円を超えかつ従業員300人を超える企業とされている。当時資本金1000億を超え従業員12000人以上いた超巨大企業を辞めるのにはそれなりの勇気と覚悟が必要だった。そして、私にはその前にしなければならない問題が一つ残されていた。それは住居の問題。長男である私が母親を引き取るのは当然のこと。私の人生設計においては三十五歳でマイホームをと考えていたが、急遽予定変更せざるをえなかった。自分が設計した家に住むのが当面の私の目標だったが事態はそんなことを言っている場合ではなかった。告別式から約三週間という短期間で私は神戸市〇区の西〇ニュータウン中古一戸建を購入した。当時二十八歳になったばかりの私は約5200万円の庭付き一戸建の主となったのだった。
2010.10.05 Tue l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 さらに追い討ちをかけるようにこの年の11月下旬、震災後の大怪我以来何度か入院を繰り返していた父が末期の肝臓ガンを宣告された。もって後二ヶ月と医者から言われ、我が家は混乱の極致にあった。
 明くる年の正月、平成11年1月3日父はこの世を去った。五十二歳の若さだった・・・
 告別式には大勢の方々に御参列いただいた。裕に100人は超えていたと思う。私の会社からも30人は来ていただいたし、弔電、花束の数もハンパではなかった。やはり大手企業は違う。その点では母も感謝していたようだ。しかし、私の中ではもうすでに退職の決意をほぼ固めつつあった。父に立派な花道を飾ってあげられた時点で、私の大企業への未練はなかった。
2010.10.04 Mon l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
現在長期保有中の外貨は、3万豪ドル & 1万NZドル & 3万ランド(南アフリカ)です。
この度の100年に1度とも言われている金融危機において大幅に政策金利を下げたとはいえ
昔から高金利通貨と呼ばれている代表格です。
スワップによって、どれくらいの不労所得を生み出すのか一緒に見てまいりましょう! ^ ^

マネーパートナーズ 
    元本 100,000円 → 265,540円(スワップ金利合計 63,090円)

サイバーエージェントFX
    元本 400,000円 → 773,267円(スワップ金利合計 90,087円)

合計、プラス538,807円・・・でした ^ ^ v

まだ上昇トレンド転換したとは言い切れない状況ですが今週も続伸です!

最近トラリピくんの調子がすこぶる好調なのでデイトレ実績も当ブログで公開していこうかと
考えていますので今後ともよろしくお願いします ^ ^

 ブログ為替レート
2010.10.02 Sat l 残高報告 l コメント (0) l top
 三年目の夏の賞与は驚くべき数字だった。同年代の友人達と比較しても二倍以上の開きがあった。お金がすべてだとは私も思わないが、営業マンにとってお金とは、プロ野球選手等がそうであるように自分自身の評価でありプライドなのだ。
 しかしながら、どうも私の人生は波乱万丈になる宿命のようで、その後新展開に突入することとなる。
 風向きが狂ってきたのは、分譲住宅事業部への転籍からだった。三年目に担当していた中〇島展示場の閉展(集客率が悪いので全展閉鎖)に伴い我々の課は解散しメンバーが各展示場に分散したのだが、私は展示場を外され分譲住宅販売部門に移った。バブル時に自社が買い占めた土地に建売を建て過ぎた為、売れ残り物件が大量にあるので一刻も早く処分しないと金利だけで莫大な損がでるというのだ。大幅値引きをしてでも売らなければならないと新しい上司から言われ、正直私はかなりのショックを受けた。要するに私に在庫処分をしろと言うのだ。当時住宅営業というお客様と設計(間取り)打合せをし、見積もりを出して、ローンアドバイスを含めた資金計画を一緒になって立てる。もっと言えばお客様の人生計画をサポートし夢をかなえてあげるという仕事に生きがいを感じていたのにもかかわらず、ただそこに存在する新古物件を販売するだけの不動産業者になってしまうことに私は恐怖すら覚えた。情熱は消え去ってしまった。社会人四年目私は、またまた平凡営業マンに成り下がっていた。
2010.10.01 Fri l さ迷える20代 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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